「憮然」の意味と使い方|「怒っている」ではなく「失望」
「指摘されて憮然としていた」。こう書くと、たいていは「むっとして怒っていた」という意味に読まれます。けれど本来の「憮然」は、怒りの言葉ではありません。
本来は「失望して気抜けする」さま
「憮然」が表すのは、思いどおりにならず、失望してぼんやりするさまです。がっかりして、どうしてよいか分からず立ち尽くす。そんな気抜けした状態を指します。にらみつけるような、強い怒りの言葉ではありません。
「楽しみにしていた話が流れて、憮然と席に着いた」と言えば、本来の意味にぴったりです。
一字違いの「憤然」に注意
ややこしいのは、よく似た「憤然(ふんぜん)」という言葉があることです。こちらは「いきどおる」の「憤」で、まさに怒りを表します。「憮」はがっかりする、「憤」はいきどおる。一字違いなのに、向きはほとんど反対です。
おそらく、この「憤然」や、いかめしい字面に引っぱられて、「憮然=怒り」という受け取りが広がったのでしょう。
怒りか、落胆か
いまは「憮然」を、本来の「失望してぼんやり」より「腹を立てている」という意味で受け取る人のほうが多くなっています。同じ一語が、読み手によって正反対に伝わりかねません。
怒りなら「憤然」「むっとして」、落胆なら「呆然」「気抜けして」と書き分けると、行き違いが起きません。「憮然」は便利そうに見えて解釈が割れやすいので、気持ちのほうを具体的に書くのがいちばん安全です。
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