「割愛」の意味と使い方|ただ省くのではなく「惜しんで手放す」
会議の資料やメールで、「詳細は割愛します」という一文をよく見かけます。たいていは「不要なので省きます」という意味で使われています。ただ、「割愛」のもともとの意味は、それとは少しだけ違います。
もとは「惜しんで手放す」こと
「割愛」は、もともと仏教の言葉でした。「愛(愛着や未練)」を「割く(断ち切る)」。そこから、惜しいと思うものを、思い切って手放すことを表すようになりました。どうでもいいものではなく、本当は残したいものを、あえて削る。そこに「惜しさ」があるのが、もとの割愛です。
「省略」との違いは、惜しさ
ですから、本来は「省略」とぴったり同じではありません。単に要らないものを省くなら「省略」。惜しいけれど、紙幅や時間の都合で泣く泣く削るのが「割愛」です。
この見分けでいくと、「不要な部分は割愛しました」は少しちぐはぐになります。不要なものなら、惜しくはないはずだからです。ここは「省略しました」のほうが自然です。反対に、「紹介したい事例も多いのですが、今日は割愛します」なら、惜しむ気持ちがにじんでいて、本来の意味に合っています。
どう使い分けるか
いまでは「割愛」を、本来の「惜しいものを手放す」より「不要なものを省く」という意味で受け取る人のほうが多くなっています。「省略」に近い意味で広く通じているので、神経質になりすぎる必要はありません。
ただ、惜しさがあるなら「割愛」、ただ削るだけなら「省略」と分けると、ニュアンスを正確に伝えられます。「惜しいけれど、今回は省く」と言いたいときに、ちょうど合う言葉です。
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